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毎週、中島セイジが街を歩いて見つけた何かをモバイルで激写!

病み付きカレー

 

「うわ〜、美味しかった〜」
「美味しかった〜」
「でしょう〜」

と、私の後から店を出た若い女性3人連れも口にしていた。
このところは、なぜか週に一回は食べたくなる。
あの辛さがだろうか、それとも、タイカレー風の味がだろうか。それとも…。

私が最近好んで注文するのが「エビと卵のプリふわカレー」。
なぜかプリプリの海老が“たくさん”入っているのだ。
もうしわけ程度の海老ではなく、プリプリの海老が10コくらいも。

また、辛さが選べるのだが、スタンダード以外にも、辛口も種類豊富。
辛口…個人差はありますが一般的です。
大辛…爆撃。個人差はありません。辛いです。
激辛…悶絶。個人差はありません。
と表示されている。

私はついつい大辛を注文し、フ〜フ〜と言いながら時間をかけて食べている。

ところで、週一もリピートしたくなる理由は何だろう?
この辛さ? ココナッツミルクの入ったルーの味?
それともルーを一人ごとに火にかけてつくるオープンキッチンの雰囲気?

とにかく、週に一回はそのカレーの味を思い出して、
ついつい病み付きに…。

店の名前はっと…。
あ〜、YA・MI・TSU・KIカリーだった。

 




 

 


 
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これからのビジネスが見えてくる、モノ・コト・場所をご紹介。


『アバター』とHuman Real-ism

 

監督・脚本がジェームズ・キャメロン、初の本格3D映画、巷の話題…。それほど映画好きではないが、こ
れは時代を見通す見・投資コンサルタントの私が見
ないわけにはいかない…。ということで、ついに『アバター』を観賞。

良いではないか、面白いではないか。
ジェームズ・キャメロン監督がこの作品の脚本を手掛けたのは15年も前のこと。しかし、当時の技術では映像化ができずお蔵入りすることに。そして、ついに技術が追いつき、映画化というわけ。ジェームズ・キャメロン監督にとっても思い入れのある作品のようだ。

さて、もちろん映画評論家ではないが、中島流の視点で『アバター』のポイントを紹介しよう。

1. 世界観の演出
作品の舞台となるのはパンドラ星という、地球から遠く離れた星。山が宙に浮いていたり、星に住む生き物は地球に存在しないものばかり。そして先住民(?)のアバターは人間の1.5倍はある大きな体躯などな
ど…。この世界観の演出は非常に魅力的だった。

2. 3D演出
先程映像技術が追いついて映画化されたといった
が、実は4、5年の制作期間の1年以上は映像技術の開発に当充てられたという。そのかいもあってか、まるで映画の世界に足を踏み入れたかのような奥行きと臨場感のある映像だった。

3. ストーリー
パンドラ星では宇宙の摂理(パンドラ流の摂理)が重要視されている。しかし、人間が訪れることでその摂理が乱れ、さまざまな問題を引き起こすことに。これは今の社会にも通じる構図だ。

4. 義
人間はアバター(異星人)と敵対することになるが、
その中でも異星人と義の関係を持つことになる人間が…。この義や情を優先するという哲学・価値観の大切さこそ、ジェームズ・キャメロン監督がこの作品で伝えようとしていることなのだ。

また、この作品を観ていると、世界観やストーリーのベースが『風の谷のナウシカ』に共通していることに気づく。両作とも、人間の欲で自然の摂理を乱してしまう。そしてナウシカのラスト、オームが大群となって風の谷に迫るシーンによく似たシーンがアバターに
も…。(ジェームズ・キャメロンはナウシカを見ていた!?)

自然の摂理、本来あるべき姿を人間が壊していくというテーマは、今の地球上で起こっていることなのだ。欲や経済を優先することで、摂理を壊し、人の気持
ちも乱す。それに対する警鐘、人間以外の生態系も含めた本当の意味でのエコロジーの重要性を『アバター』は発信していた。

人間もこの宇宙の摂理から生まれているわけで、その摂理に則った人間活動“Human Real-ism(人間原点主義)”がこれからのキーワードで間違いないようだ。ジェームズ・キャメロン監督もさすが私と同世代ということもあり、だいぶ自分の役割がわかってきたようだ。

 


 



 

 


 




今の時代は、人の心を動かす「情動力」が必要。
身につけるコツや事例をたっぷりご紹介。


なぜ100キロを歩くのか

 

房総100キロ歩け歩け大会の時期が近づいてきた。4月17日〜18日と2日間かけて、大網をスタートし
九十九里浜に沿って銚子まで歩く。
今年で4回目の参加となるが、この100キロ歩きにどんな価値があるのか…、それは参加しないとわかりませ〜ん。

けれども、少しだけ教えておこう!
中島流100キロ歩き4つの意義とは…
1、人生にはさまざまな苦難や災難が存在するが、
この100キロ歩きにおいても誰にでも漏れなくやって
くるのだ。それにめげず、どう対処し、どう突破する
か…まさに人生の集約版がここにある。
2、苦難を乗り越えるプロセスにおける人との関わり方。すなわち、関わる人たちの存在の意義が感じられる。
3、目的意識の明確化の必要性。つまり、なぜ100キロ歩くのか…これは、なぜ人生を生きるのかということにも通じていると思う。
4、自分の強さと弱さを確認できる

100キロは誰もが想像する以上に長い。そのため人生を集約したような人間模様が見られる。自分自身の中での葛藤は当然あるが、関係者との関わり方の影響力は大きい。参加者同士はもちろん、サポーターや応援してくれる地元の人たちとの関わりの中で、100キロ歩くのだから。
精神的にも肉体的にも追い込まれた中で、いろいろな人とどのように関わるのか…このようなことを継続することで情動力が身についていくのだ。

私が参加した過去3回の大会を振り返ると、この4つの意義が少しでもおわかりいただけるだろう。

最初は2007年、学習塾などを経営している前田氏と一緒に歩いた。60キロ地点で前田氏が継続するかどうかの葛藤タイムに突入。ということで、前田氏を置き去りに。
しかし、これが奏功して前田氏は一人になってから
シャキっと歩き完歩したのだ。

次は2008年。私はサポーターとしての参加だったが、弊社スタッフが100キロを目指して数人参加。そのうち1人が早くに足にマメができたため、その1人を置き去りにして数グループに分かれて進むことに…。ところが2人でグループを組んで歩いていたスタッフがリタイアし、置き去りスタッフが完歩してしまったのだ。ここにも人間の弱さと強さが見え隠れする。

そして2009年には、歩きながらのゴミ拾いにチャレンジ。暗くなるまでの40キロを拾い歩き、38袋のゴミを
収集。ひと息つきながらサポート役を務めていたのだが、50キロ地点でリタイアするかどうかを迷う参加者に遭遇。結局はサポーターとして一緒に完歩を目指すことに。

さて、今年の100キロ歩きは、どんな人間模様やら情動力模様が見られるのか。参加しないと身につかない“人間力(情動力)”がそこにある。

100キロ歩け歩け大会の詳細・申込方法はこちら↓
房総100km歩け歩け大会


★これが100キロ歩きのコースマップ!

 




 

 


 


中島セイジが時流を裏と表から徹底解剖!


「灯台下暗し」症からの脱出

 

まずこの話を、聞いて欲しい。

あるとき天使が、働き者のある靴屋のところへ、乞食の姿になって現れた。靴屋は、乞食を見るとうんざりしたようにこう言った。
「おまえが何をしに来たか、わかるさ。けれどね、わしは朝から晩まで働いても、家族を養っていくお金にも困っている。わしは何も持っていないよ。持っているのは二束三文のガラクタばかり。こんなわしに何かをくれと言われても、それは無理というものだ」

すると、乞食が言った。
「じゃあ、私があなたに何かをあげましょう。お金に
困っているならお金を。いくら欲しいのですか」
靴屋はそれは驚いたが、乞食はさらにこう続けた。
「100万円をあげましょう。でも、条件があります。あなたの足を私にください、そうしたら差し上げます」
足がなくなれば歩けなくなる、靴屋は無理だと答え
た。

「じゃあ、1000万円あげましょう。ただし、その腕を私にくれるのであれば」
「とんでもない!この両腕があるから靴が作れる。それに、子どもの頭をなでてやることもできなくなる」

「じゃあ、1億円あげましょう。だからその代わりに、あなたの目をください」
「とんでもない!妻や子どもたち、そしてこの春の花を見られるのは目があってのこと。無理な話だ」

そこで、乞食は言う。
「さっきあなたは、『私は何も持っていない』と言った。でも本当は、お金には替えられない価値あるものをいくつも持っているじゃないですか。そして、それらすべてはもらったものですよ」

…とこれは、志賀内泰弘さんの編著『みんなで探したちょっといい話』の中の一話なのだが。このストーリーに中島流の視点をちょっと付け加えるなら…。
「では、あなたの時間で構いません。10年、いや5年分の時間をくれれば1億円あげましょう」。それでも靴屋は、たぶん時間のかけがえのないことに気づき“No”と答えるだろう。

話をビジネスに置き換えると、わかりやすい。
「あの会社は、あれだけの技術があるから…」「その会社は、ウチとは規模が違うからああいうチャレンジができるんだ…」とよく口にする。物語の靴屋と一緒で、ほとんどの経営者が自分の目の前にある価値に気付いていない、「灯台下暗し」症なのだ。

自分よりも条件のいい会社を「あの会社は…」と言い訳して、努力を先送りにするのは簡単。それよりも、今の環境ですでに持っている人財やネットワークの価値を再確認し、有効活用することを考えるべきではないだろうか。

お金がなければ、時間を投資する。差別化のためにはみんなでアイデアを。人材が人財になっていなければ育むことを考える。まずは、今あるもの、今できることから…ということ。


 


志賀内氏の編著
『みんなで探したちょっといい話』

 



 

 


 



中島セイジが成熟した社会に物申す!

ポイントカードは人質手法

 

「Tポイントカードはお持ちでしょうか」
ドトールに行くと、必ずこう聞かれる。TSUTAYAのT
ポイントカードはこんなところにまで広がっているの
か…。

最近では、Tポイントカードの対抗馬として、“Ponta(ポンタ)”が出てきた。これは三菱商事系の企業が連携をとって展開している(たとえばローソンとかね)。

でも、ポイントカードってどうなの?
中島流ニューパラダイムシフトでは、1990年〜2005年をCS・マイレージ時代と名づけた。CS(カスタマーサティスファクション)を誰もが口にし、企業がこぞってポイントカードをつくり出した時代だ。私は当時からポイントカード制はダメでしょ、と言っていた。

なんでダメなのかって?
ポイント制っていうのは、商品を購入した金額に対して、ポイントが与えられる。そして貯めたポイントで、商品を安く買える仕組み。つまり、そのポイント分の金額は最初からディスカウントできる金額ともいえるわけ。

なのに、カード制によって、安くできる分のお金をプール。貯めたポイントは、その店に再び来店しなければ使えない。まさに“人質”状態(人じゃないけど)。

このような手法でお客様の集客をやっていると、ついついそのお店は努力を怠るようになるのだ。本来、商品のクオリティや品揃え、接客サービス、理念などを追求することでお客様のリピートを目指すところが、ポイントにつられてお客様が集まってくるんだから。

また、このポイント制は別名“えこひいき手法”ともいえる。ポイントカードを持っていない人は、なーんの
得もない。本来安くできるべきものが安くならないんだから、これって差別だし、公正取引違反にもなるんでは? って言いたくなる。

こんな“人質手法”や“えこひいき手法”は、モラルやマナーを大切にしなければいけない今後のビジネスシーンにおいてやってはいけない施策。こんな熟ジュク時代の名残りは、早めに規制をかけるべきだと私は思うのだが、いかがだろうか?

 

 

 




 






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